第11回川柳文学賞受賞作品

正 賞 『半醒半睡』鏡渕和代著
準 賞 『ふるさとは雪もよい』宮一能著

2018年6月10日、熊本県・ホテル日航熊本にて授賞式が行なわれ、平山繁夫選考委員をはじめ、多数の川柳家にお集まりいただきました。第11回川柳文学賞は平成29年に発刊された句集のうち、申請のあった20冊を選考委員(久保田半蔵門・平山繁夫・雫石隆子・佐藤美文・林えり子(作家))5名(敬称略)が選考しました。

総評 選考委員:平山繁夫

 正賞 「半醒半睡」
   評(一位推薦)  平山 繁夫
 この作者は、ありふれた世界に親和感を寄せ、そこに生活の意味を見いだした。ただ生きるひたすらな姿である。それは決して観念の世界ではなく実生活の中に自己の影を見たのである。人道的精神や人間性の尊重、自然美の重視による汎神論的な意識を作品に内在されている。豊かな感性と思惟の重層が深みを与えた。
・きのうとは違う壊れる音がする
   評(一位推薦)  雫石 隆子
 マガジン誌の受賞作品ですが、作者の個性が際立っている。平易な言葉で現代社会の中の個の主張が心地良いリズムと響きを持って全体を引きこまれてしまった。深い内省と独創性を持ち、やはり第一席に相応しいものであろう。
   評(一位推薦)  佐藤 美文
 既に『第13回川柳マガジン文学賞』を受賞している実力者である。そのせいであろうか気負いのない作品ばかりで、そこに目を惹かれた。句にムラがなく、素直に心の底に落ちつくような作品ばかりである。川柳と言う文芸をきちんと理解されているようにも思う。柳歴15年ほどでこれからさらに面白くなってくるだろう。そこに成長を期待される。

   評(二位推薦)  林 えり子
 一句一句が見事です。駄作が見当たらないので改めて読むと「大賞受賞記念出版」、あとがきには「作品は全て入選作」とあります。人の目を捕らえたと感じ入りました。
 人生の雨期のあたりで根が育ち
 人生は舞台奈落も袖もある
 尾を振らぬ猫を余生の範とする
 束縛はいやと散らばる心の字
―中略―作品の完成度は抜群です。以下略

準賞 「ふるさとは雪もよい」
   評(一位推薦)  久保田半蔵門
 川端康成の雪国に似た手触りのよい句集だ。日本一と言われる豪雪地帯の雪国で生まれ、雪国をテーマに雪国の過酷な日々を傍観し、日常に埋もれゆく無為の姿を美として愛で、郷土色豊かな人間社会の妖しい美や虚無を垣間見せながら、その温かな人柄を見せてくれるそういう句集である。埋め草で雪国の実体や言葉も知り非常に参考になった。装丁も雪国らしい表紙で句集としての重味がある。
 ふるさとの淡き化身や蕎麦の花

   評(二位推薦)  雫石 隆子
 人生の総仕上げの句集。雪に特化した句集であることも評価したい。地域性を活かし自身の川柳環境が見える。作品的には平凡だが、平均的な到達点も又、宜しいのではないか……。応募の中に作品は素晴しいが、奥付等々本として(受賞作)受け容れられないものが今回が多かったのが残念であった。

   評(三位推薦)  林 えり子
 「雪国ふるさと」をテーマに作句して「初めて編む句集」といい、作者紹介を読むと八十五歳です。句からの印象は若く、みずみずしい。雪国という「定点観測」がしっかりなされている姿勢が反映されます。
 雪地獄に耐えているのはDNA
 ひとひらの雪がシナリオ締めくくる
 女結び嫁も手伝う雪囲い
 雪止んでそろそろ人の出る気配
 「雪」に見据えた句に秀作がある。

   評(三位推薦)  平山 繁夫
 この作品の根幹にあるものは誠実な人間的態度である。慢性的疾患と後遺症になやむ作者が庶民として、生きる人生の究極の意味を捉えた。それは自己の信念と永遠に実在する人間の高貴性(愛)いわば人間の祷りに似た真実を言葉として吐いた。
 家系継ぐ一枚の皿ある如く

   選外佳作
 「たまゆら」 きさらぎ彼句吾
 「各駅停車」 佐道 正
 「  杏  」 荻原 亜杏
 「一 週 間」 星井 五郎
 「旅 の 人」 内田 厚子
 「花こぶし」 桂 ひろし

主な掲載作品『半醒半睡』

  • 仕合せでいつもどこかがかったるい
  • 席一つ空けて下さい枯れてます
  • 老朽化・欠陥わたし嫌いな字
  • さびしさの蔓が内耳に這ってくる
  • わたくしを呼べよ迷子のアナウンス
  • 芽を出せとそんなに水をかけないで
  • ごく丸に近い多角を生きたいな
  • きのうとは違う壊れる音がする
  • 邪魔なんかしないわわたし無香料
  • 宿罪に見合うかたちで生きている
  • 純白は独りよがりに違いない
  • 銀世界みんな無罪にしてしまう
  • うつくしく鳴くから籠に入れられる
  • 百花繚乱無心でなんていられない
  • 束縛はいやと散らばる心の字
  • 菜の花の拍手でわたし蝶になる
  • 春がくる昔ばなしはもうしない
  • 本当の詩人だ何も書いてない
  • いちまいの枯葉誇りも悔いもある
  • 死は生の延長雲があそんでる
  • 独りとはこれか重なる音がない
  • 満場一致もう常温が保てない
  • 即答のないふるさとの山が好き
  • 北風が立ちこの世からはぐれそう
  • 終身刑みたい夫に愛されて
  • わたしまだこの世の隅で咲いている
  • 口裏を合わせた息がまだ熱い
  • 花が咲きそうな嘘です水をやる
  • 失ったこのやすらぎは何だろう
  • 半醒半睡独りあそびの詩を留めて
半醒半睡
平成29年10月28日発行
A5判変型ソフトカバー・114頁
新葉館出版
定価1000円(税別)

主な掲載作品『ふるさとは雪もよい』

  • 女結び嫁も手伝う雪囲い
  • ふるさとの淡き化身や蕎麦の花
  • 一滴の墨雲になる雪になる
  • 雪こんこそこから先の私小説
  • 雪地獄に耐えているのはDNA
  • さよならのうしろ姿やぼたん雪
  • 雪止んでそろそろ人の来る気配
  • ブナ林の全山萌えて春がすみ
  • ひとひらの雪がシナリオ締めくくる
  • 虫喰いの過去帳突然語りかけ
  • 家系継ぐ一枚の皿ある如く
  • その先は言わずに弥陀の掌の中に
  • 耕せば土地ある限り曼殊沙華
  • 花の名をいくつ覚えたまわり道
  • 愛しきは垣根を越えて冬の薔薇
  • 風媒花たどれば父と母の声
  • 揺れる日も母は命の米を研ぐ
  • ああ平和マッチも擦れぬ子に育ち
  • 褒められて長女はいつも縛られる
  • 燃え上がる方へやっぱり走り出す
  • ほの暗く花子が居ない夕餉どき
  • 高齢化造花の園に遊ぶ蝶
  • 点滴の雫闇夜に光る音
  • 本棚もあせて物の怪が眠る
  • 薄墨に老いを託した真・行・草
  • もう一度負けたら終わるかくれんぼ
  • ハミングの妻のリズムに乗せられる
  • 金婚の元旦サラサラのり茶漬け
  • 焦らない人生ながら予後の風
  • モノクロでいいさ夫婦の玩具箱
ふるさとは雪もよい
平成29年12月20日発行
A5判・ハードカバー・160頁
株式会社みらい
定価2000円